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私たちを不意打ちしたパンデミックに対して、人文学は無力だったのだろうか。そうではない。私たちは過去の歴史に、あるいは人類の英知に学ぶことができる。同じ過ちと苦しみを繰り返さないために──一三人の執筆者が、コロナ禍によってもたらされた傷を書きとめ、未来へ紡ぐ。暗中模索する人文学の、いまひとたびの挑戦。
目次
序章 暗中模索の人文学――つぎの疫病に向けて……………藤原辰史
1 はざまの人文学
2 終わりきらないコロナ禍
3 歴史に学ぶ
4 第一次世界大戦と疫病
5 政治災害としてのコロナ禍
6 人文学の課題としての疫病
Ⅰ 疫病の現場から
罰を受ける母親たち――コロナ禍が映し出すジェンダー不平等とケアの危機……………直野章子
はじめに――追い詰められる母と子
1 ケアに向かう女たち
2 ジェンダー格差とケア・ペナルティ
3 ケアに背を向ける社会
4 ケアの広がり――自立神話に抗して
おわりに
水際のインターセクショナリティ――わたしの身体のコロナ、汚れ敗北した、アーカイヴとしての……………新井 卓
はじめに
1 「ステイホーム」の身体、蚕と千人針と虱
2 パンデミック下のわたしの立場性――日本の〈水際〉で家族と引き裂かれる
3 ヘルシンキの汀で、汚染と敗北、そして自由
4 ベルリンとパレスチナの〈水際〉
おわりに
「健康」を賭した選択――予防接種の歴史からの問い……………香西豊子
はじめに
1 江戸時代の疫病と対処法
2 種痘の一世紀
3 予防接種の「副反応」の再発見
おわりに
パンデミック下における仏教諸派の変貌――教義・法要・葬儀の観点から……………リュウシュ マルクス
はじめに
1 仏教と疫病の小史
2 各宗派のパンデミックに対する声明とその教義的背景
3 コロナ禍における法要の目的と法要のスタイルの変容
4 変わりゆく葬儀とコロナ禍が及ぼした影響
おわりに――コロナ禍を刷新のチャンスと捉えて
Ⅱ 過去から現在を投影する
受肉化された「公衆」――近代日本の衛生における「公」と「私」……………香西豊子
はじめに
1 「往来」の衛生
2 「公衆衛生」への疑義
3 「Hygiene」の日本的展開
おわりに
日本資本主義のなかの流行性感冒……………小堀 聡
はじめに
1 流行性感冒の被害と対策・影響
2 資本は流行性感冒をどうみたか
3 個別企業からみる流行性感冒
おわりに
手洗いと石鹸の一〇〇年――統治されない身体の可能性へ……………岩島 史
はじめに――新型コロナウイルスパンデミックと石鹸・手洗い
1 日本における「手洗い」のはじまり
2 戦後の手洗いと石鹸
おわりに
感染症予防啓発のメディア史――戦前日本の衛生映画に注目して……………藤本大士
はじめに――メディアを駆使して感染症対策を広める
1 戦前日本における衛生映画の興隆
2 衛生映画はどこで誰のために上映されたのか
3 衛生映画は誰が製作したのか
4 衛生映画の限界
おわりに――感染症対策と動画メディアの今昔
近世後期天草の疱瘡体験――流行病が村や個人にもたらしたもの……………東 昇
はじめに
1 せまりくる疱瘡への村の対応――「慶助崩」が遺したもの
2 翻弄されても生き抜く――家・個人それぞれの影響
3 個人に体験された疱瘡――庄屋の妻「上田さほ」の養生記録から
おわりに
Ⅲ 他者との遭遇と変貌
ウイルスの変容、ヒトの変容――いたちごっこと因果関係の循環……………粂田昌宏
はじめに
1 ウイルスの拡散と変容
2 コロナウイルスの生活サイクルと変異
3 ウイルスの変容とヒトの変容のいたちごっこ
4 いたちごっこの行く末
おわりに――いたちごっこはおわらない
「軍事空間」としてのパンデミック――COVID-19とマラリア……………瀬戸口明久
はじめに
1 計算される世界――感染症数理モデルの誕生
2 監視される世界――感染症サーベイランスの誕生
おわりに――ペスト・天然痘・マラリア
手の不穏な物神性――あいまいで多義的な手洗いについて……………酒井朋子
はじめに
1 清潔の文化史における例外的な身体部位としての手
2 手の不穏なエージェンシーと伝染
おわりに
驚きを待ち受ける――人間‐野生の関係と人獣共通感染症……………石井美保
はじめに
1 「人類への警鐘」としてのパンデミック
2 感染症に対処する社会の技術
3 感染症への対処と生政治
4 人と野生との関係
5 驚きを待ち受ける
おわりに
終章 「死者」からみる疫病……………香西豊子
はじめに――疫病の「なぜ」と「どのように」
1 近世期における医薬の領域の拡大
2 伝播する病原体、人体という器
3 「死者」を数える近代
おわりに
あとがき……………編 者
【編者】
藤原辰史(ふじはら たつし)
京都大学人文科学研究所准教授.専門は農業思想史,環境史.主な著書として『分解の哲学――腐敗と発酵をめぐる思考』(青土社,2019年),『決定版 ナチスのキッチン――「食べること」の環境史』(共和国,2016年)など.
香西豊子(こうざい とよこ)
佛教大学社会学部現代社会学科教授.専門は医学史,医療社会学.主な著書として『種痘という〈衛生〉――近世日本における予防接種の歴史』(東京大学出版会,2019年),『流通する「人体」――献体・献血・臓器提供の歴史』(勁草書房,2007年)など.
【執筆者】(五十音順)
新井 卓(あらい たかし)
石井美保(いしい みほ)
岩島 史(いわしま ふみ)
粂田昌宏(くめた まさひろ)
小堀 聡(こぼり さとる)
酒井朋子(さかい ともこ)
瀬戸口明久(せとぐち あきひさ)
直野章子(なおの あきこ)
東 昇(ひがし のぼる)
藤本大士(ふじもと ひろし)
リュウシュ マルクス(Rüsch, Markus)
A5・並製 ・358頁
岩波書店
(出版社HPより)